飼犬のテツが情けない声で鳴き始めた。
ぼくは蔵に入って焼酎のタンクを洗っていたので「なんだろう?」と思いながらも
蔵から出ずに仕事を続けた。
が、出てみるとテツは後ろ足を片方地面に付けようとはせず、三本足で歩いている。
妻が言うには、何かに驚いたのか慌てて部屋に入ろうとして扉に激突したのだという。
この前もそれで鼻を強く打ち、しばらくクシャミを連発していたのだ。
ドジな奴で笑ってしまうけど痛そうだった。
しかし前を向いて扉にあたったのだとしたらなぜ後ろ足を引きずるのか、
どうしてもわからない。
獣医さんに電話をしてみるが、要領を得ないまま一晩が過ぎた。
ちょうど東京に出る用事があったので妻に獣医さんのところまで連れて行ってもらう。
足は折れていない、と思うのでとにかく痛み止めの注射を打っておきましょう、
と言われたらしい。
テツが大騒ぎをするので診察ができないのだ。
獣医さんのところでも、テツの騒ぎぶりは有名で
「ああ、テッちゃんですか…」
といつも苦笑いをされてしまうほどである。

何年か前、イタリアで足を折ったぼくは
そのままイタリアの病院に入院したのだけれど
その理由を話すたびにまわりの人々に苦笑されたことを思い出す。
縄のれんに首をひっかけて足の骨を折りました、と言うとみんな首を傾げる。
恥ずかしいので今ここで詳しくは書かないけれど
ぼくと同じようにテツにも何らかの理由があったに違いない。
テツは喋らないので、理由はわからないけれど
犬にだって喋りたくないことは、もちろんあるだろう
とテツを見て思った。