マンホールの中を調べるバイトには毎日通った。
ときどきはその会社の社長もでてきて一緒にその作業をした。
作業の進行具合が遅いので社長が先頭に立ってスピードアップを図ろうとしたのだろう。
そこで社長が蓋を開け、ぼくはマンホールの中に潜ることになった。
いつも一緒だった、酒井別の場所へと出かけていった。
酒井は菅野と同じく北海道出身の男で年はぼくよりひとつか二つ大きいらしい。
屁理屈をこねだすとうるさいものの普段は気のいい男だった。
その酒井に一日の仕事が終わってから
「今日はどうだったか?」
と聞かれた。
つまり社長と一緒に仕事をしてどうだったか?
と言うのである。
その日はマンホールの下を流れる水の量が半端ではないほど多くごうごうと音をたてて流れていっていた。
その中に鉄の梯子を伝っておりて行くのだけれ社長はとにかくスピードを求めた。
普段は命綱をつけて降りるのだけれど社長は 「そんなものはいいから早くやってよ」
と何度も言った。
「で、どうしたの?」
と酒井はぼくに言った。
「だから命綱は付けずに潜ったよ」
と言うと酒井は顔を紅くさせて怒った。
「あそこはさ、下水の支流が集まるところでそれが大きな流れになっているんだよあそこでもし足を滑らせて落ちたらどうなると思う?
流されていくと途中に網が張ってあってな、そこで留まったまま、死ぬんだよ」
と言った。
つまり社長になにを言われても自分の命は自分で守らなければいけないのだ、と酒井は教えてくれた。
そうか、そうだよなあ、と本気で言ってくれている酒井の顔を見て思った。
この一言はあとで中国に行ったときに本当に身に染みてくる一言だった。
酒井とは何年か前につまらないことで言い合いとなりそれきり音信不通になってしまったけれど今考えてもあの一言は、ぼくには重要な言葉だったなあと思う。 |