15.「暇ならウチで働いてみないか?」と誘われた。

菅野は今、測量会社で働いているという。
その話は前にも聞いたことがあった。
大学時代からしていたバイト先にそのまま就職をしたのである。
ぼくはその逆で大学に入学すると同時に酒屋に就職をして、卒業すると共に退職をしたのだった。
しかし収入がないのに保険料は払わねばならずまいったなあ、と思っていた。
「暇ならウチで働かないか?」
と菅野は言った。
今しているのはマンホールの蓋を開けそこに潜って中の様子を調べる仕事をしているという。
官庁街になるとマンホールの深さも尋常ではなく延々と下に向かって降りて行き、途中にある小さな部屋で一度小休止をして、再び下に降りて行くという。
その話を聞いていると地球の中へ降りて行くような気がして、なんだか興味をそそられた。
ひとつは、旅に出ようと思っていたからだった。
前から考えていた、中国に一人で出かけようとっていた。
今なら暇もあるし、お金も働いて貯めたものが少しはある。
付き合っていた女の子に振られた翌日ぼくは先輩のいる郷里までわざわざ出かけたのだった。
そこは飯田という長野の小さな町でその居酒屋で馬刺を前にぼくはカウンターに突っ伏して泣いたのである。
はじめて会うマスターをはじめみんな笑っていたけれど、ぼくは関係なく大声で泣いた。
先輩は困ったあげく
「おいタニグチ、旅にでろ、失恋には旅だ」
と力強く言った。
何にでもすぐ影響されるぼくはその言葉通り中国行きを決めたのである。

つづく