14.おまえ、ホントに大丈夫か?

そうやって幾晩も考えて過ごした。
毎晩夜になるとウイスキーを煽って酔い、受話器を持ち上げては天気予報の声を聞いた。
三月までは朝七時に起きて、仕事に出かける毎日を送っていたのに、途端に昼頃に起きるだらけた生活に変わってしまった。
原稿も一向に進まず、とりあえず行を埋めているに過ぎなかった。
これではいけないなあ、と考えなしの自分でもそう思った。
そこへ友人の菅野が遊びにやってきた。
菅野は大学時代の同級生で、ぼくにとっては大学のクラスの中の数少ない友人の一人だった。
夜学ということもあり、大学というより暗い、高校の延長のような感じで四年間、その雰囲気にはどうしても慣れなかった。
昼間めいっぱい働いて疲れているせいもあったのかもしれない。
とにかく、心からなんでも話せる友人は菅野一人しかいなかった。
彼は一年浪人をして大学に入ってきたそうでぼくは彼にいろんな事を教わった。
たとえばNIKEの靴がそのころ流行りはじめてそこら中の人が履いていたのだけれどぼくはそれを「ナイキ」とは読めなかった。
ずっと「ニッケ」だと思いこんでいたのである。
白山眼鏡店の話も菅野に教わった。
授業を受けていて、前に座っている男の筆箱に
「白山眼鏡店」のステッカーが貼ってあったのだ。
しかし、なぜそんな眼鏡屋のシールをわざわざ筆箱に貼るのかぼくは不思議でならなかった。
ただで人の店の宣伝してあげているようなもので
「バカじゃなかろうか?」
と思ったのである。
そこで菅野に、それはどういう訳なのか聞いてみた。
するとこれが今のトレンドで、シールを貼ることがかっこいいのである、と教えてくれた。
それでもまだ飲み込めないぼくは、授業のあいだじゅうそのことをいつまでも菅野に質問した。
彼はしかし、そういう田舎者のぼくの発する、とんちんかんな質問にも嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。
菅野はぼくの部屋に入ってきて顔を見るなり
「大丈夫か?」
と言った。

つづく