飼犬であるバカ犬テツは、嘘をつくのがうまいことが、今日はっきり判った。
ぼく達が寝ている部屋は、玄関から離れているために夜に犬がどうしているのか、知らなかった。
家の決まり事で犬は家の中に上がらないことになっているので、
当然夜も家の中にはいってくることはない、と考えていた。
ところが、夜中になるとこのバカ犬は家の中を徘徊していることがよくある。
廊下を一周したあとで、夏なら涼しい場所を探して風通しの良い場所で朝まで寝るのである。
しかしそれはルールには反することなので見つけると、厳しく叱ることにしている。
犬も反省したらしく、最近では家の中にあがってくることは無くなったのだと思っていた。
ところが今朝ぼくが起きていくと玄関の上がり框の板が揺れる音がしたのである。
おかしいなあ? と思って犬を見るとちゃんと自分の寝床の中で丸まって、
さも今起きたように大きなアクビをした。
そうして、ぼくを見てから、のっそりと起きあがり寝床から出て、伸びをした。
なんだか変だぞ? と思いながら、朝御飯をあげた。
ところが、である。
夜になって囲炉裏に火を入れて、いつも座っている座布団の上を見ると、
そこに犬の毛がたくさん付いている。
座布団の上に紺のマフラーが置いてあったので、犬の毛が目立って見えたのである。
これだ、と思った。
つまり犬は朝まで囲炉裏の座布団の上で寝たあと
ぼくが起きてきたのと同時に慌てて玄関の自分の寝床に戻ったのだ。
問題はそのあとで、さも今まで自分がそこにいたように、演技をしたことである。
大きなアクビとそこから出て伸びをする仕草に飼い主であるぼくは完全に騙されてしまった。
しかし、朝のことを怒っても、犬は混乱するだろうからこっちも作戦を練ることにした。
たとえば寝たふりをして電気を消したあとで囲炉裏の側で息を殺して待っている
犬は黒いビニール袋を怖がるので、それを被って待っているのも良いだろう。
犬が来たらとにかく驚かす。あいつがどんな顔をするか、見ものだなあ、と思った。
しかし、ぼくも今は疲れていて、そんなことをする余裕がない。
とにかく眠いので、風呂から上がって夕御飯を食べると早くに寝てしまうのである。
いいか、待ってろよ、バカ犬め。騙されていると思ったら大間違いだからな。
ぼくがそう言葉にして言うと「嘘なんか絶対に付かないよ」という顔をして、
ぼくをジッと見つめた。