初出:日経BP社、日経アーキテクチュア

11.屋根にもっと植物を

目地の漆喰盛り上げの代わりに草を植える──。
名付けて“草ナマコ壁”。
対岸の「伊豆長八」イシヤマに対しての切り札となるか。



・・98年9月12日のファクス・・




・・グリーン・プロテクター下地の上に土を塗り付け,

ジョーロで水をかける実験・・




・・タオルから毛細管現象を使って水を点滴し,

土にどう浸み渡るかの実験・・

 建物の外面(そとづら)は壁と屋根からなる。壁については,現地を訪れてナマコ壁に出会ったせいで早い時期から“草ナマコ”に決めていたが,屋根をどう仕上げるかについては確たる方針があったわけではない。
 屋根の仕上げでこうしようと思っていたのは,てっぺんの部分だけで,草と樹を植える。このやり方は,すでにタンポポ・ハウスと一本松ハウスで試みているが,イメージの源は芝棟(しばむね)にある。日本とフランスの茅葺き屋根にのみ伝わる面白い伝統技法で,実に好ましいと思ってきた。とぼけた味があってほほえましいし,美的にも,ピラミッド状のてっぺんに植物が生えるのはシンボル作用からして納得がゆく。
 問題は,てっぺんの下に広がる裾野の部分の仕上げをどうするか。初期の案を見ると,「板・銅板」と書き込んであり,一本松ハウスで試みてうまくいった銅板葺きをやるつもりだった。いっぷう変わった銅板葺きで,下地に板を重ねて(下見板と同),その上に銅板を,かしめたりせず,ペタッとステンレスビス脳天止めしておしまい。

 そのやわらかさとベコベコ性と風化による緑青の発生を理由に,私は,銅板は工業製品のなかで唯一,自然素材と相性の合う材料と思い定め,一本松ハウスで使い,問題はなかったので,ツバキ城もそれで済まそうと考えていたのだった。
 “それで済まそう”とやや引いた姿勢でいたのは,壁と屋根のニラからなる外面戦線においては,壁の草ナマコ戦でアップアップでとても屋根戦に回す余力があろうとは思えなかったからだ。どう作るのか,誰がやるのかも分からない仕上げは草ナマコだけに絞りたかった。フジモリらしからぬ弱気といわばいえ,大使館突撃のフジモリ大統領だって今は弱気の虫に取り付かれている。
 それがどの段階かで変わってきた。思い出せないのでスケッチを確かめると,基本設計が始まってから1年後の99年5月9日の段階では,銅板葺きのまま。というより,てっぺんの芝棟すら消えているではないか。屋根は下からはみえないくらいゆるい傾斜になっているところから考えるに,草ナマコ1本でいこうとしている。
 ところが,3カ月後の8月12日付では,中央の宝形部分も左右の下屋的片流れ部分にも草が生えている。宝形部分には,草をメンテするための足場として「単管ドブ漬け」の記載まである。ただし,なぜか,てっぺんの樹は消えている。
 このスケッチをしたのは,お盆に田舎に帰っている最中で,おそらく,久しぶりの長期休暇で心気充実し,壁だけでなく屋根でも勝負をかけようと考え直したにちがいない。
 屋根の緑化──この1件については言いたいことが山ほどあり,これまでも拙著「タンポポ・ハウスのできるまで」ほかで言いつのってきたが,既存の二つの流れについて批判がある。
 一つは,コルビュジエの主唱になる屋上庭園の流れについてで,屋上庭園には人が行かず,機能的に役に立たないし,視覚的にも植物(自然)と建築(人工物)が一体化せずバラバラになってしまう。コルビュジエ系の屋上庭園で唯一うまくいったのは藤木忠善が63年に手がけた「すまい(藤木忠善自邸)」で,うまくいった理由は,屋上庭園を一つの室内として扱ったからだろう。
 もう一つはエコロジストの屋根緑化の流れで,熱がテーマになっているから当然なのだが,視覚的に面白味や美しさに乏しい。時に乱暴なまでに植物優位にして建築を隠してしまうが,人間は人間の作ったもの(建築)にもっと誇りを持ちたい。
 こういう批判を持つ私としては,コルの屋上庭園でもエコロジストの熱環境優位でもなく,いってみれば
 “植物の建築化”
を目ざしてきた。そして,いくつかの実作を作ってきたのだが,そうしたなかで草や芝をベタッと屋根一面に生やす試みはしてこなかった。点で植えたり(ニラ・ハウス),線にしたり(タンポポ・ハウス),シンボリックに扱ったり(一本松ハウス)して,建築表現の一部に植物を取り込むように努めてきた。そうすることで,植物の勝手な造形パワーをコントロールし建築化しようとしたのだった。
 点でも線でもシンボルでもなく面として屋根の緑化を試みるとしたら,どうすればいいのか。ゆるい傾斜の屋根に芝生を植えたのではエコロジストの熱第一主義と変わらないし,だいいち,地上から十分に見えない。屋上やゆるい屋根面の緑化はすでにあれこれ試みられ,視覚的にはマアどうでもいいことが分かってしまっている。それが証拠に,この百年,屋上庭園や屋根緑化を試みた名建築は,例外的にしか生まれていないのだ。
 そういうなかで,建築・自然についての原理主義者にして野蛮ギャルド藤森が,屋根面の緑化というありきたりの方策に取り組むのである。どうする。
 まず考えたのは,すでに実現している面としての屋根緑化の問題点は那辺にあり。これまで見てきたなかで一番よく出来ていたのはドイツのカッセルのエコビレッジの例で,建設に参加した岩村和夫が帰国して94年に手がけた「いわき風舎村センターハウス」を訪れたらいいが,熱環境上はきわめて優れているにしても,視覚的にはチョコチョコっとしか草が見えないのだ。これくらいなら,そのお金を高断熱に回した方が……
 植物の建築化を目ざす私としては,もっと植物をバッと見せたうえで,なおかつ建築としてもヘンではない屋根を作りたい。もっと植物を,もっと屋根を。
 当然の帰結は,屋根の傾斜を強めること。平面を振っているから,45度では不足で,非常識なくらい傾けてようやくピラミッドくらいに見える。結局,45度を11度超えて56度にすることになる。
 参考までに45度を超える屋根の緑化の例をさがしてみたが,意外なことに世界にもゆるい傾斜しか例はなかった。このていどのことも誰も試みていないのだ。建築緑化に一流の建築家が取り組んでこなかったツケが私ごときに回されているのである。

 ガンバラナクチャ。技術的にはともかく,急傾斜にして美的に問題はないのか。眺める人の目玉が何かヘンな方にころがらないか。ただでさえ,このところ自分の目ざす先がいかほどの境地なのか分からなくなってきているというのに。
 急傾斜にしても視覚的に大丈夫という示唆は,草葺きの民家から得た。あの45度を超えて盛り上がった形,こんもりとやわらかい素材感は,草葺きの草を生の草に置き換えても変わらないだろう。
 ここまで決め,夏休み明けの9月12日,大嶋宛にスケッチをFAXした。「屋根を少し変えたい。@草植A突き出し窓」「民家並みに傾斜うんと強く」「草植のディテールは面白い案がある。会った時,話す」と付記して。
 会った時,話す草植の面白いディテールとは何か。8月12日付スケッチで急傾斜の草植え屋根に転じた後,田舎ですぐディテールについてスケッチし,実験し,目途を立てていたのだった。
 植物がらみの建築ディテールは,一般的な屋上庭園と屋根面緑化をのぞくと先例に乏しく,実績も薄く,自分で描いて自分で試すしかない。マア,それが楽しくてやってるところもあるのだが。
 さいわい夏休みで田舎の実家にいた。実験のための材料と道具と場所にはことかかない。子供の時から,池に浮かぶナスを標的にしての捕鯨船を作ったり(成功),空を飛ぼうとしたり(失敗),長靴で雪道を滑走したり(成功),自転車の輪を利用してロクロを作ったり(半成功),などなどを繰り返してきた実験場なのである。
 ただし,最初から実物でやってみたりはしない。図の上であれこれ考えて,これでいけそうというところまで煮つめてから試作に取りかかる。まず,図の上で考えたテーマはけっこうの難題で,防水層を一切突き破らずに土の層を急傾斜の屋根に乗っけるにはどうすればいいのか。アンカーはむろんビス1本使わずに,土の層を急傾斜層の上に止めておく。それも,木構造の屋根の上に。読者の皆さんにも,ちょっと考えてみてほしい。ディテールの課題としてはそうとう面白い。これが乗れば雨もりの心配は遠ざかる。
 フジモリは考えたのだった。防水層の上に,土を支持する作りを網をかぶせるようにかぶせればいいのだ,と。おそらくこうした仕方はこれまでなされていないと思う。最初,ステンレスの網や,ワイヤーと網の組み合わせなどを考えたが,不定形だからズレを起こすおそれがある(起こさないかもしれない)。結局,ステンレスのアングルを使うことにし,金物屋で短いのを買ってきて上に乗ったり曲げたりして,マア大丈夫。アングルを溶接して鳥カゴ状のピラミッドを作り,それを防水層の上にかぶせるのである。
 この大きさだと,屋根の上で現場溶接になるだろう。防水層は木造下地に合わせてブチルゴム系がベストとすれば,その時,溶接の火花はどうする。防水層と土の層の間にわずかでも空気層,流水層をとりたい。あれこれ,未解決があるにしても,大筋この方向はいけるとの見通しが立った。

 鳥カゴ状アングルによる土の層の支持という大筋に見通しをつけてから,次のテーマは,おそらく50センチ四方ていどになるアングルの格子の間の土の層をどう支持するか。傾斜は45度を超す。荷重を考えると土の層はできるだけ薄くしたい。いっそ,アングルの寸法の40ミリていどでいい。
 ここまで考えがたどりついてフト思い出したのが,グリーン・プロテクターだった。芝生の上を駐車場にする時なんかに使うたくさん穴が開いた合成樹脂パネルで,一本松ハウスの芝棟部分の下地で大嶋が採用し,うまくいった。アングルの間にグリーン・プロテクターを並べ,アングルに針金でつなぎ,その上から土を盛れば,土は薄くても下地のグリーン・プロテクターの凹凸のおかげで大雨でも流れ落ちないだろうし,台風でもグリーン・プロテクターと一緒に飛ぶこともないだろう。
 そして,実験をした。グリーン・プロテクターの威力はたいしたもので,水をザブザブかけても土は流れない。
 問題は給水をどうするか。土さえ厚ければ雨水だけで大丈夫だが,40ミリの厚さからグリーン・プロテクターの体積を引くと,芝生の根土としては限界的なまでに少なく,とても雨水では間に合わない。給水が不可欠。
 給水システムを屋根全面に組み込むのは,タンポポ・ハウスとニラ・ハウスでやってみたが,工事の面倒とメンテナンスを考えれば,なしにしたい。タンポポで200メートル,ニラは450メートルにおよんだ。一番,簡単なのは,てっぺんから一面に1カ所のタイマー付蛇口でポトポトと給水すること。そうすれば,ジリジリと浸み渡り,全面におよぶのではないか。いや,その手でいいならもっと簡素な方法があるかもしれない。乾いた土を水たまりに置くと,毛細管現象で水が土の中を上へ上へと浸み上がってゆくが,あれを利用すれば上からじゃなく下から給水できないか。建物の土台のところで点滴的に給水すれば,草ナマコ壁の土に浸み渡り,さらに屋根面まではい上がりはしないか。そういえばモヘンジョダロの遺跡では,地下深くの塩分が毛細管現象で浸み上がってきて困っているとテレビでいってた。
 もちろん実験しました。まず,毛細管現象利用の理想の方法について,グリーン・プロテクターの下端に点滴式で給水してみるが,およそ20センチ上がって止まる。布で試してもほぼ同じ。モヘンジョダロの地下はいざしらず,どうも日本の地上では,20センチが限界なのだ。
 ではてっぺんの1点からの点滴給水はどうか。やってみると,ピラミッド状に広がるだろうとの予想に反し,幅およそ20センチの帯状に広がりつつ流れ下ってゆく。
 実験の結果に従うと,1点からの点滴方式はむずかしい。とすると,スプリンクラーあたりにするしかあるまい。
 給水に若干の不安は残るものの,急傾斜への草の植え込みの目途はたったのだった。そしてこのことを,大嶋に伝え,大嶋が下地の空気層,流水層のことを解決して,あとは工事を待つのみ。