大島は、楕円のような形をして南北に伸びている。北端に岡田集落、南端に波浮港、そしてちょうど島の重心には有名な三原山がある。野増集落は、三原山塊の西側のすその緩斜面にひっそりと居座っている。
 私たちは野増集落にある焼酎醸造所の見学をするため、まず元町港から電話をかけた。はきはきした明るい声の女性が応対してくれて、歩きなら三十分くらいで来られるでしょう、とのことだった。
 大島一周道路を歩きはじめて少しすると、火山博物館のあるところに達した。この博物館には一度寄ったことがあるが、大島が火山と隣り合わせの島であることを理解することができた。
 そこから道は、のぼり坂となり、ハイキングの感じになってきた。ダンプカーがたまにグオーッと通りすぎ、歩行者はひやっとする。そんなところを歩く人はふだんいないのだろう、歩行者用スペースはほとんどないといってもいい。
切り通しのところで今度はくだりに転じた。やや疲労を帯びながら進むと、右手の松林のむこうに海の気配がしてきた。集落があらわれ、神社があった。野増である。
路地にそって長く伸びる古い集落であった。家が並び、いくつかの商店もまじっていた。漁師の家だろうか、漁で使う網がほしてある駐車場に太った白い犬がお座りをしていた。私たちを見てしっぽをのさっのさっと振った。  野増集落で五十センチくらいの大きな魚をぶらさげて歩くおばあさんを見つけ、谷口酒造の位置を聞いてみた。
「焼酎をつくっているところなんですけど。ツバキ城というのがあるそうなんですが…」
 おばあさんはすぐにうなずき、
「そこだでえ、その道をいけよ」
と、教えてくれた。
コンクリートの細道をのぼり、ひとつ民宿をすぎたところに、とうとう目的の醸造所を発見したのだった。

 ようやくたどりついた谷口酒造は、以前から是非ともいちど訪ねてみたいところだった。
伊豆諸島の島めぐりが私たち夫婦の最近のブームになっていて、各島の「島酒」と「クサヤ」がお気に入りとなっている。島酒とは伊豆諸島各島でつくられる焼酎であり、クサヤとはいわずと知れたクサい干物である。これらをつくる焼酎工場やクサヤ工場を見学するのも島旅のひとつの楽しみだ。谷口酒造は大島唯一の焼酎醸造所である。
 民家よりは大きい農家のはなれのような建物の前で、ひとりの男性が作業をしていた。丸型の顔、短髪、丸メガネ、若干の口ひげで、芸術家の風貌だ。
「あのう…すみません、焼酎の施設を見学したいのですが…。あの、さきほど電話しましたものですが…」と恐る恐る男性にいってみた。
「じゃあ」といって作業の手を止め、ガラガラガラと建物のドアを開けた。
ずいぶんすんなり受け入れてくれるのでびっくりした。見学というと「ちょっとそっちの受付にまわってちょうだい」といわれ、受付で住所などを記帳し、パンフレットと商品チラシとアンケートはがきなどを受けとり、さてそれでは…などという手続きをひととおり踏まされるのがふつうである。
 建物のなかは薄暗く、ぷうーんとアルコールのかおりが漂っていた。背たけほどの大きなタンクがいくつかあり、
「このなかでいま発酵をしているんです」と男性はいった。
麦をふかして少し置き、でんぷんをくわえて麦こうじをつけると、発酵がはじまるのだそうだ。ビニールのふたを少しずらしてタンクのなかを見せてくれた。発酵がはじまって五日目のものであるらしく、白くにごったおかゆの状態に似た焼酎のもとが入っていた。
少し甘いにおいがした。表面のプツプツとした泡をみていると、いままさに発酵がおこなわれているんだなあ、と酒の生命力を感じ、さらにウマソウダという期待感がこみあげてきた。
 ふとその部屋にクラシック音楽が流れていることに気づいた。壁の高いところにスピーカーがあり、バロック調の気品だかい曲が静かに鳴っていた。うかがうと、発酵中の酒にこの音楽を聴かせているのだという。
「いろいろ聴かせてみたんですけど、これがいちばんいいんですね。おいしくなるんです」
 おもしろいことをおっしゃる方だなあ、と思った。家畜に音楽を聴かせるといいとか、胎児にも早くから音楽を聴かせるといいと聞くことがあるが、そのたぐいなのだろうか。ちゃんと酒も音楽を聴いているのか。しかもバロックであると調子がいいというのだから、酒はそれがお好みなのだろうか。
 次に足のついたタンクの説明をしてくれた。
「これ蒸留器です。二種類ありましてね、あちらが通常のもので、こちらが真空状態で蒸留をする"減圧式"のものなんです。減圧式は新しい方式で、焼酎がすっきり仕上がるんですね。"天上"という銘柄をそれでもってつくったんです。女性のみなさんに受けがいい、とても飲みやすい味ですね」
 真空、と聞くと具体的にはイメージできないが、なんだか宇宙的なすごさがありそうな気がした。酒好きの私は本来すっきりしたものよりは深みのある複雑な味のほうを好むが、減圧式のすっきり味をいちどは試してみたいと思った。
 その建物を出ると、次に貯酒タンクの倉庫に導いてくれた。背たけの倍はあるガラス材質の巨大なカメがいくつも並んでいた。そして、待ってました、男性はひとつのカメから小ぶりのグラスに熟成中の焼酎をそそいで、手わたしてくれた。「飲んでみてください」お楽しみの試飲である。
 透明の液体はふわっとかおりを発した。ちょびちょびっと口にふくんでみる。まず舌の表面にしゅわっと広がり、間髪おかずこんどは舌の内部、舌のまんなかあたりまでじんじんしみ込んでいった。強い、そして少し辛い。飲み終わったあともコクがつーんといつまでも残る。芋焼酎を二ヶ月寝かせたものということだが、じつに深みがあると思った。
「貯酒しているのはこの建物にあるものがすべてです。なにしろ僕ひとりでやっているものですから」
 男性の言葉は印象的だった。IT革命・ソフト化・情報化が声高にさけ叫ばれ、食べるものだって機械化・自動化で完全なる工業製品と化し、メーカーは広告合戦・海外進出・買収合併証券化に奔走し…という時代状況のなかで、芸術家風貌の醸造家がひとり、冬の庭先で麦を運び、バロック調のリズムでかもし、真空状態で蒸留し、いくつかのカメで数ヶ月寝かせ、しゃれた小びんに詰め、ラベルを貼って、島人に売る。そういう見届く範囲のなかで手づくりの仕事をする。なんという輝きなのだろう、と思う。
 醸造所の敷地のまんなかに、ちょっと変わった建物がたっている。谷口酒造の象徴、ツバキ城だ。おもしろいことに屋根のてっぺんにツバキが一本ぴょこんと突っ立っている。
なかに入るとほかほかと暖かく、建築したばかりの建物特有の木のかおりが漂う。部屋の中心にカウンターがあり奥に女性がいた。さきほど電話したとき応対してくれた方で、男性の奥さんのようだ。
ロフトへあがる階段の下に犬が座っていた。そのまるっこい柴犬は、来客に驚いてウォンッとその小柄な体躯には似あわない大きな声で吠えたが、しっぽは右に左にゆれていた。
 近所の陶器工房でつくられたという小さなおちょこでいくつかの焼酎を試飲した。なかに明日葉入りのものもあった。明日葉は、おひたしで食べると歯ごたえがあってうまい伊豆諸島の特産品だが、焼酎との組み合わせは意外であった。
容器にもいろいろあった。透明びん、青色びん、徳利そしてびん片側に白土がぬられた花びんに再利用できそうなもの、など。しばらく吟味した結果、飲みごたえのある「三年古酒」と、新世紀的・宇宙的な「天上」を購入することにした。「天上」は確かにアルコールの強さを感じさせずスマートである。
「ここは僕たちの天守閣なんです」
 ツバキ城にはロフトもあって、そこにあがらせてもらうと、小さなテーブルがひとつ置いてあり、このようなところで自家製本格焼酎を一杯やったらたいそう居心地がいいのだろうなあ、ほんとうに醸造所の天守閣であるなあ、と思った。

「水も見ていきますか?醸造に使う水はこの近くに湧く自然のものを使っているんです。ここから五分ほどの裏山にあるんですよ。よろしければご案内します」
 ああ、お忙しいのに恐縮だなあ、と思いつつ、お言葉に甘えることにした。男性は「どうぞ」といって私たちを誘導してくれた。醸造所を出てコンクリートの坂道をのぼりはじめてまもなく、後方から声がした。
「あの、待ってください。すみません、おつりです。計算違っていました」
 と男性の奥さんがかけのぼってきた。そして「もうしわけありません」と一円玉を私の手のひらに乗せた。ああ、一円玉くらいでなんて良心的な人なんだ、と思った。いま思うと、せめて「お釣りはいりません」とわずか一円玉であってもチップとしてお渡しすべきだったかもしれない。
 坂道から森のなかに入る小道があり、落ち葉を踏みつつわけいると、トタン屋根でまもられた水ため場にたどり着いた。多様な広葉樹や針葉樹が天高くそびえる原生林の急斜面にそれはあり、まさに天然水そのものの貯水場所だった。
「村の人たちが共同でこれを使っているんです。残りを私がお酒をつくるのに使わせてもらっているんです」
 お酒にとって大切な原料に必ずあげられるのが「水」である。「天然水仕込みだからおいしいのだ」と宣伝でうたう大手酒類メーカーもある。これに関しては、ほんとうに工場のある都会の地下に流れる水がそのまま使えるのだろうか、といつも疑問に思ってしまう。
逆にある大手メーカーでは「醸造用水はけっきょく製造工程で成分調整をしてしまうので、水なんてどこのものでもかまわないのだ」と説明する。これを聞くと、そうか、工業製品としての酒にとっては水はあくまでも一原料の液体にすぎないわけなのだな、と思う。
 実際の取水場所を見せてくれたのは谷口酒造が初めてである。その水は、少しの修飾もいつわりもなく山の水そのものであった。信州生まれの私は、こういう水がいちばん体になじみやすいのだということを知っている。
「ほら、トトロの住む大きな木があるよ。トトロの森だ。」
 ふいに都会生まれの妻が無邪気にさけんだ。見ると、いま歩いてきたけもの道のような細道の脇の斜面にがっしりと根をおろした大木があった。相撲とりのかまえのような所作をしており、そのふところにさまざまな小植物や生き物が住まうであろう空洞があった。
 ふたたびコンクリートの坂道に戻ると、そこで本日の見学は終了、ということになった。ほんとにありがとうございました、と礼をいい、男性と別れた。私たちはそのまま坂道をくだり、一周道路に出た。野増停留所にいくと、あと十分ほどで路線バスが来ることがわかった。少しタバコくさい二畳ほどの広さの待合室の椅子に腰かけた。
 ビニール袋からさきほど買い求めた「三年古酒」をひっぱり出してみた。和紙を手でちぎった感じのネックラベルには、墨で手書き風に「三年古酒」と書かれている。大きいラベルには、桃太郎のような精かんな顔つきをした男子と三原山の絵が、さらに朱色の太字で「御神火」と書かれている。
御神火、という言葉はこの島ではよく聞くが、ガイドブックによると三原山の昔からの別称らしい。コジンカという力強い響きがいかにも大噴火の火柱を想像させる。
 まもなく左右の軒端をよけながら大型の路線バスがやってきた。これから元町あたりで昼飯をとり、そのあと"御神火"に近づいてみるつもりである。

終了

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